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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)999号 判決 1984年7月06日

上告人 検事総長 江幡修三

右補助参加人 田崎美香 外二名

被上告 小笠原優香 外一名

主文

原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告補助参加人代理人○○○○、同○○○○○の上告理由について

原審は、本件認知の要件の父に関する準拠法について判断するにあたり、乙第二号証の四(亡楊学の昭和五三年二月九日付外国人登録済証明書)によつて、被上告人らが父であると主張する亡楊学につきその国籍を中国として外国人登録法の規定に基づく登録がされていた事実を認定したうえ、右認定事実のみから亡楊学の国籍が中華人民共和国であると推認して、右準拠法が中華人民共和国法であると判示している。

しかしながら、外国人登録法の規定に基づく登録において国籍として記載された中国には、中華人民共和国の法域のみならず同国の法規とは異なる法規が現に通用している台湾の法域も含まれることは公知の事実であるから、右登録において国籍として中国と記載されていることをもつて直ちに当該外国人が中華人民共和国の法域に属すると推認することはできないものといわなければならない。したがつて、他に合理的な理由を判示することなく、亡楊学の外国人登録法所定の登録における国籍についての前記記載のみによつて結果的に亡楊学が中華人民共和国の法域に属するものとした原審の前示認定には審理不尽ひいては理由不備の違法があるから、この点に関する論旨は理由があり、その余の論旨につき判断を加えるまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるので、これを原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鹽野宜慶 裁判官 木下忠良 大橋進 牧圭次 島谷六郎)

上告補助参加人代理人○○○○、同○○○○○の上告理由

一 、原判決は判決に理由を附さない違法があるから破毀さるべきである。

(一) 先づ、本件の準拠法について、法例一八条の父たる楊学の本国法を中華人民共和国法としている。しかし原判決は楊学の本国法を定めるに当つて、楊学の国籍が中華人民共和国に属するか、或いは亦中華民国なのか判断するについて理由を附していない。原判決は、楊学の外国人登録証に中国なる記載があることを以つて楊学の国籍を中華人民共和国に属するものとしているが、これは、楊学の意思に基いて国籍選択の自由を認めたのか、それとも血統主義、生地主義によつたものなのか明確ではない。楊学の本籍地は乙第一号証の一によれば台湾省台中市○町×丁目××番地となつて居り、その父母も台湾に於いて出生し、死亡している。それ故血統主義によれば楊学は父母が中華民国人であるから中華民国人であり、生地主義に基けば、楊学は台湾に於いて出生し、養育され、その後渡日したものであるから中華民国人である。従つて楊学が外国人登録証に中国と登録してあつたのみでその国籍が中華人民共和国であると言うことはできない。それ故、原判決は、国籍について中華人民共和国に属するものか中華民国に属するものなのか理由を附していない。

(二) 現在我が国は中華人民共和国を承認し、中華民国を承認していないから原判決は楊学の国籍を中華人民共和国に属しているものと解しているかも知れない。しかし、国家が特定の国家を承認しているのは、政治上外交上のものであつて、独自の法体系をもつた国家であるならば、政治上外交上承認しているか否かは国籍を定めるに当つて考慮されない。従つて血統主義、生地主義によれば楊学は中華民国の国籍を有し、中華人民共和国の国籍を有さない。中華民国にあつては認知制度が存在するものであるから、本件について認知の準拠法が中華人民共和国法なのか、中華民国法なのかは重大な問題であつて、この準拠法を定めるに当つて原判決は充分な理由を附していない。

二、法例第一八条第一項は、認知に関して認知当時の父の本国法によるとしているが、原判決は中華人民共和国法に認知制度が存するか否か明確ではないと述べている。本国法上認知制度が存するか否か未だ明らかでないとするならば、父の本国法を適用していないから被上告人等を認知するについて、父たる楊学の本国法を適用していないことになる。従つて原判決は、中華人民共和国の法令によらず、被上告人等を認知したものであつて、法例第一八条の規定に違反していることになる。

三、原判決は、認知制度が子にとつて重大な利害関係を有し、そのため認知を認めることは条理にかなう措置であるとしているが、これは法令上如何なる根拠に基くものであろうか、単に条理にかなうと言うことで父の本国法を適用しないことは違法である。条理にかなうか否か父の本国法に於いて明らかにすべきである。

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